ロータス100T ホンダ[Lotus 100T](1988年)ネルソン・ピケ/中嶋 悟
この年も最強ホンダV6ターボエンジンをのせており、
またチームメイトには、前年チャンピオンのネルソン・ピケが移籍。
1987年の車がアクティブサスペンションがうまく機能しなかったこともあり、
この年にはノーマルな、コイルスプリングとダンパーに変更している。
なので、普通に曲がる車になると思ったんですけどね。

【1/43 ロータス100T #2/1988 中嶋悟 ミニカー】京商
しかし、この当時のロータスは既に輝きを失いつつあり、
古くからの伝統のまま、チーム体制や設備が時代遅れでありました。
(その後、改善を試みようとしましたが、チームロータスは消滅します。
なお今のロータスF1チームはこの当時とは別物です)
まあ、1987年以上に全く速くなかったですね。
同じホンダエンジンを積むマクラーレンが15勝しているのに対し、
ロータスは、ピケの最高位3位がせいいっぱい。
中嶋さんなんて、2度も予選落ちしました。
ネルソン・ピケ/中嶋 悟](lotus_honda100t_2.jpg)
そんな中、速かったのは高速走行できるコース。
エンジン全開区間が多いところでは、中嶋さんも速かったです。
メキシコGPでは予選最高位の6位、そして走り慣れている鈴鹿も予選6位でした。
しかし、中嶋はその鈴鹿でスタートに失敗します。
エンジンはストールしかけるのですが、
鈴鹿のメインストレートは下り坂になっているので、
なんとかスタートできました。
(この鈴鹿GP直前に亡くなったお母さんが、
後ろから押してくれたのだというエピソードもありますね)
その後の追い上げはとてつもなかったです。
しかし、前年のセナ、この年のピケと、
トップドライバーをチームメイトに持っていた中嶋ですが、
今のアロンソ、マッサ以上に腕の格差もありましたが、
チーム内での待遇も格差ありましたね。
前年以上の成績を期待していた私にはがっかりの年でした。
(その分、日本では強いセナが人気になっていきましたね)
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